傳通院(伝通院)
正式名称:無量山傳通院寿経寺

住  所
文京区小石川3-14-6
電  話
03-3814-3701
アクセス
東京メトロ丸ノ内線「後楽園駅」下車 徒歩10分
東京メトロ南北線「後楽園駅」下車 徒歩10分
都営三田線「春日駅」下車 徒歩10分
拝 観 料
無料
公式サイト
http://www.denzuin.or.jp/

傳通院は、いまから約600年ほど前の1415年(応永22年)、浄土宗第七祖了誉上人が開山したお寺です。当時は小石川極楽水に位置する小さな草庵で、無量山寿経寺という名で開かれました。
それから約200年後の1602年(慶長7年)、徳川家康公の生母、於大の方(おだいのかた)が伏見城で逝去され、その法名を「傳通院殿」と号し、この寿経寺を菩提寺としたことから「傳通院」と呼ばれるようになりました。以来徳川家の庇護のもと、諸堂伽藍を整えられるようになったのです。
修行勉学面では、1613年(慶長18年)に増上寺の学問僧300人を傳通院に移して、関東の十八檀林(僧の学問修行所)の上席に指定され、明治以降には淑徳女学校(現在の淑徳SC中等部・高等部)を創立するなど、子女教育にも力を注いでいます。

於大の墓。徳川家康の生母

関東の中では屈指の名高い寺院でありながら、傳通院ほど、記録や文書の有しない寺院は珍しいと言われています。それは由緒正しき寺歴の中にあって、1721年(享保6年)、1725年(享保10年)、1910年(明治40年)と三度の大火に遭い、さらにその再建もむなしく、第二次世界大戦の東京大空襲ですべてが灰燼と帰したためです。四度の火災によって、建造物はもちろん、寺宝、古文書など直接過去を証する資料はほとんどといってよいほど全部失ってしまいました。
しかし戦後は復興に励み、1988年(昭和63年)には新世紀の宗教活動に対応できる新本堂を建立。後楽園駅から歩いて善光寺坂を登りきると、桜並木の参道の奥にその壮大な姿を見せてくれます。1997年(平成9年)には檀信徒会館・道場としての繊月会館を建立。さらに1999年(平成11年)には新本堂の横に観音堂(休憩所)を建立し、いまに至っています。

新本堂

古くからの寺歴を物語る唯一の遺物は、境内墓地に残る数々の墓石、墓碑であるといえます。前述の通り、徳川将軍家の菩提寺として、区指定史跡でもある「於大の墓」や「千姫の墓」など、立派な墓石が立ち並んでいる様を拝むことができます。また明治時代になって墓地が一般に開放されるようになると、詩人・作家の佐藤春夫氏、直木賞作家の柴田錬三郎氏など、著名な方々の墓も建てられるようになりました。

また、あまり知られていないようですが、境内には「指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」の名セリフで知られる指圧師・浪越徳治郎氏が寄贈した、ユニークな形の「指塚」も見ることができます。