切通坂きりとおしざか

深夜の切通坂を歩く人

明治40年頃の東京の夜は、今からは想像もできないほど暗かったのです。それが深夜1時近くとなれば、なおさらのこと。

暗い電車通りの坂道を、天神下から黙々と登ってくる男がいます。素足に下駄、古びた絣の着物に袴をはいた男は、短髪で額の広い青年でした。石川一、22歳の啄木です。朝日新聞社の夜勤を終え、上野広小路までは市電の最終でたどり着くのですが、乗り換えの市電はとうに終わっていました。

石川啄木

ゆったりとSの字にうねる切通坂、左は湯島天満宮、右は岩崎のお屋敷ですが、どちらもわずかなガス灯の明かりがもれてくる以外は黒々と闇の中にあります。
坂を上りきれば、右手には本郷警察署(現在の本富士警察署)があり、本郷通りを越えて喜之床の二階の下宿まで、あと10分歩くことになります。
啄木が深夜に歩いた切通坂には、こんな夜勤を詠んだ歌碑が建てられています。

二晩おきに、夜の一時頃に切通の坂を上りしも――
勤めなればかな。(『悲しき玩具』*1より)

啄木の月給が25円といいますから、現在のお金では12万円ほどでしょうか。ちなみに、同じ頃、44歳で小説主幹として朝日新聞社に入社した夏目漱石は、月に230円を得ていたといいます。

切通坂上


切通坂の由来

この坂はどのようにして出来たのでしょうか。

文京区が設置したプレートには、このように書かれています。

「御府内備考」には「切通は天神社と根生院との間の坂なり、是後年往来を開きし所なればいふなるべし。本郷三、四丁目の間より池の端、仲町へ達する便道なり」とある。
湯島の台地から、御徒町方面への交通の便を考え、 新しく切り開いてできた坂なので、その名がある。
初めは急な石ころ道であったが、明治37年(1904)上野広小路と本郷三丁目間に、電車が開通してゆるやかになった。

まさに、交通の便のために台地を切り通して作った、その名の通りの坂だったのです。

ちなみに、プレートに書かれている御府内とは、江戸市内という意味。幕府の作った「御府内備考」という冊子には、江戸市内の地誌、名所旧跡にとどまらず、産業、商店、長屋、何某が住んでいたということまで記されています。なんと正続291巻といいますから、これは江戸の百科事典ともいえる文書です。

切通坂下


湯島天満宮

室町時代に建立され、太田道灌が再興した天神様です。切通坂に面した石垣の上に建つ社殿はなんともきらびやかです。

泉鏡花が明治40年に新聞に連載した「婦系図」は、舞台化され人気となりました。お芝居の中で、主人公の早瀬主税は、結婚を約束したお蔦に、心ならずも別れを告げます。そのために呼び出すのが、この湯島天神の境内でした。

長谷川一夫と山田五十鈴で映画化されたのは1942(昭和17)年、その主題歌「湯島の白梅」の2番には

青いガス灯 境内を
出れば本郷 切通し

と歌われ、切通坂の名前は日本全国に知られることになったといいます。

現在も、天満宮の境内、男坂に下る際に1本のガス灯が残されています。

湯島天満宮


朝日新聞社跡の啄木歌碑

啄木や漱石が勤めた朝日新聞の東京本社は、現在の銀座6丁目、並木通りに面したところにありました。その後、昭和になってから有楽町に移り、1980(昭和55)年に現在の築地に移転します。今も銀座6丁目の旧社屋跡には啄木のこんな歌碑が残されています。

京橋の滝山町の新聞社
灯ともる頃のいそがしさかな(『一握の砂』*2より)

激務が堪えたのか、啄木はわずか3年の朝日新聞社在籍の後、結核で命を落とします。26歳でした。


坂にある名店

美術茶房 篠(しの)

住  所
文京区湯島3-32-3
電  話
03-3833-7567

美術茶房 篠


やなか珈琲店 湯島店

住  所
文京区湯島3-34-4
電  話
0120-872-877

やなか珈琲店


らーめん天神下 大喜

住  所
文京区湯島3-47-2白木ビル1F
電  話
03-3834-0348
営業時間
11:00~15:00 17:30~22:00(月~金)
11:00~15:30 17:30~21:00(土)
11:00~16:30(日・祝)

天神下大喜


デリー 上野店

住  所
文京区湯島3-42-2
電  話
03-3831-7311
営業時間
11:00~21:30(定休日:年末年始)

デリー


名店、いろいろ。

天満宮から男坂を下った左側には、お汁粉お抹茶がうれしい甘味処の「美術茶房 篠」、路地をさらに進んで十字路を切通坂の方に曲がると、180円で本格コーヒーが飲める「やなか珈琲店」があります。
切通坂の下には、春日通りを挟んで必食のラーメン店が。鶏そばで通をうならせる行列店の「天神下大喜」です。
カレー専門店もあります。不忍通りを渡って100mほどの左側、カレー通の間では東京標準として揺るがない老舗“デリー”です。

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